2時間余りの幸福

わずか2時間で幸せな気持ちにしてくれる「映画」について。

共感できないからつまらないではもったいないという話

映画とかの感想で良くあるやつなんですけど、

「共感できなかったから、つまらなかった」

っていうのが個人的にはもったいないよなと思うんですよ。

 

 

その登場人物と自分があまりにかけ離れすぎて、「こいつは自分じゃない」ってなっちゃうからだと思うんですけど、普段の自分じゃない状態を楽しむじゃダメかなぁなんて思うんです。

これができると、面白さの幅が広がって得することが増えると感じています。

「つまらない」と感じてしまうと、よほど映画好きな人でない限りはお金と時間を無駄にしたなと感じて、その後悔から後の時間が陰々滅々としてしまうのではないでしょうか。

当然「つまらない」と思うことはあるんですけど、理由が「共感できない」だと「つまらない」入り口が非常に多くなると思います。

なぜなら、自分と同じように考える人はそこまで多くないから。

映画の登場人物だってそうで、非日常を描くようなタイプの作品ならなおさらです。

それよりは共感できないことを前提とした上で、登場人物の思考とかをトレースしながら観ると結構楽しめることが多いです。

むしろ共感できたときは特別な体験をしているとも言えて、とても幸福な時間を過ごせているのだから、もっと喜んでもいいかも。そんなときは、いつもより思い入れもひとしおのはず。

 

共感できる・できないについて書いたけど、そもそも共感については、「その気持ちわかる!」ではなく、「その気持ちは理解できないが、あなたがそう感じていることはわかった」という現時点での状態の肯定が共感なのではないかなぁと薄々感じたりもしています。詳細は面倒なので次の機会にします。(あるとは言ってない)

 

本日はこれまで。

それではみなさんご機嫌よう。

 

 

 

普段は映画の感想書いてます。

 

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