2時間余りの幸福

わずか2時間で幸せな気持ちにしてくれる「映画」について。

映画『ファントム・スレッド』 共依存で両者KOな映画でした

あらすじを踏まえながら、感想を連ねてます。

公開から1月以上経ってから鑑賞となりました。新宿武蔵野館の客席(85席)は平日昼間でもそこそこ埋まってましたね。

 

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オープニング

女性が男に向かって語るシーンから映画はスタート。

初老の男が身支度を整えて行く。

手慣れた様子で淡々と処理をして行く様で、この一連の動きは日々のルーティーンであることを感じさせる。同時に彼が自分で課したルールに縛られた人間であるかのような趣すらある。

この老紳士は高名なドレスデザイナーのレイノルズ・ウッドコック。彼は非常にセンシティブなようで、ここ最近感じている自分の心のざわつきに困惑して耐えられないでいることを姉のシリルに相談する。(シリルは弟がデザインしたドレスを扱うメゾン、ハウス・オブ・ウッドコックの共同経営者。)

 

序盤

心の平穏を取り戻すため別荘で過ごすことを姉から提案されたレイノルズは、車で向かう途中に立ち寄ったレストランでウェイトレスのアルマと出会い、その場で彼女を夕食に誘う。冒頭の女性がこのアルマだった。

初老の紳士による発話・振る舞いがロマンチックなシーン。彼の所作のひとつひとつが洒落ていて、洗練された紳士とはかくあるべきという様子。紳士がやっているから説得力があるような女性の口説き方、下町育ちの自分にはどうやっても真似できない。クラシカルな劇伴も洒落た雰囲気を強調してくれる。

ところがそんなお洒落でロマンチックなシーンにも関わらず、見ていてそこはかとない不穏さもずっと感じている。そもそも初対面の女性との距離の詰め方が異常だし、会話の内容も気持ちが悪い。

レイノルズ「君は母親に似ているか」

アルマ  「わからないけど、多分ね」

レイノルズ「母親の写真は持っているか」

アルマ  「持っているわ」

レイノルズ「見せてくれ」

アルマ  「家にあるの」

レイノルズ「持ち歩いた方がいい」

表面上は何も問題ないが、実際言われると不気味である。

こういう一見何ともないが、どこか不自然で気味が悪いという演出が楽しく、監督のポール・トーマス・アンダーソンっぽいなと感じられるところでもある。

 

自分の母親の面影をアルマに感じ取ったレイノルズは彼女をモデルとして自分の近くに置くことにする。レイノルズの作品として着飾ったアルマも、これまでと別人のような自分になれた喜びから、それを拒むことはない。

 

中盤

アルマは語る。

「仕事を終えた後の彼は弱り、赤ん坊のようになって、優しくなる。」

「でも数日で元気になって仕事に没頭し始めるの。」

 

アルマはレイノルズと生活を共にするようになるうちに、彼への思いが高まっていく。はっきり恋心のようなものが芽生えてくる。

しかしレイノルズはあくまでも完璧なモデルとしてのアルマを必要としているだけであって、恋人としてなど見做していない。自分のルーティーンを乱すような行動をアルマがするたびに叱責する始末。

次第にその状況から脱却したいと考えたアルマがサプライズのディナーを供するが、それも大失敗に終わる。

この辺りのパートでは細かすぎる自分ルールを他人に強要してくる輩のメンドくささが素晴らしい。レイノルズに対して非常にイライラさせられるのだけれども…

 

終盤

アルマのヤンデレモード発動。

レイノルズの食事に微量の毒キノコを混入させ、身体・精神ともにダメージを与えながら、それを自らが介抱することで、信頼を勝ち得ていく様がおぞましい。

もうこの辺ではアルマに対してイライラさせられる。

なぜこの行動をとるに至ったか、直接のトリガーが何だったか覚えていない。

回復したレイノルズはアルマがいないと何もできない自分に気がつき、即座に求婚する。アルマもそれに応じる。

ところが、結婚後のパワーバランスは完全に逆転していた。

パンを食べる時のスプレッドの塗り方など、それまでレイノルズが気に障っていたので抑えていたような振る舞いが目立ち始める。

次第に耐えかねなくなったレイノルズはようやく、アルマが来てから全てがおかしくなったことを自覚した。そしてその思いを姉にブチまけるが、アルマはそれを聞いていた。

 

エンディング

離れゆく男の心を引き留めようと、再び毒を盛るアルマ。

このシーンは気持ち悪さ、エグさの極致。

毒キノコを調理するのにレイノルズが大嫌いなバターを大量に使うわ、わざと大きな音を立てて水をカップへ注ぐわ、レイノルズの神経を逆撫でするような所作の数々。しかも「これでもあなたは私から離れられないでしょう」とわかっているかのような余裕すら感じさせる気味悪さ。その通りで、レイノルズは毒が盛られていることを気がついている風なのにそのまま食べてしまう。口に含み、飲み込むまでのダニエル・デイ・ルイスDDL)の表情が絶妙、もう何も言えない。さっきまでの彼へのイライラは何処へ。レイノルズ可哀想だって!

 

アルマが本音を漏らす。

「あなたには常に弱っていてほしい」

毒キノコ料理を飲み込んだところでレイノルズが言う。

「倒れる前にキスをしてくれ」

熱いキスを交わし、ここに両者の共依存関係が確立されてしまった。

雰囲気的にはここで両者KO

 

雑感

ストーリー展開のみならず演出や美術などディティールも十分楽しかったが、物語の帰結に関してはあまり好みではない。

見終えた直後は、共依存関係の確立で物語が終わるというのがどうにも得意ではないなと感じたが、共依存による不健全な関係性を一つの到達点とする意味ではデイミアン・チャゼル監督の『セッション』と通ずるものがあり、こちらはそこまで苦手でもないのはどういったことか。

 

色々と問題のある老人が他者に心を開いたら手酷い仕打ちを受けるっていう辺りは、ジュゼッペ・トルナトーレ監督の『鑑定士と顔のない依頼人』にも似てるかな。

まぁ『ファントム・スレッド』では直接的には復讐ではないんだけど。

とは言え、レイノルズに適当に扱われてきた数多の女性からの反撃と捉えればある種の復讐と思えなくもないか。微妙すぎて限りなく薄いけど。

 

衣装デザインでオスカーを獲ったことが注目されている気がするけど、個人的にはジョニー・グリーンウッドによる劇伴が好きだった。全体的にクラシカルで格調高い趣でありながら、要所で不気味さを煽る感じが良かった。

 

どうかしている弟と、最終的にはさらにどうかしてる弟の愛人を相手にしなくてはならならない姉のシリルには同情せざるを得ない。心中お察しします。

 

アルマの役の人、途中からフランソワ・オゾン監督の『彼は秘密の女友だち』のクレール役の人(アナイス・ドゥームスティエ)だと思って見てたけど、完全に勘違いでした。なんか似てた気がしたんだけど、改めて比較してみると全く似てない。。。

 

 

DDL、本作で引退なんて言うなよ。もっと見たいよ。